名画座テアトル犬小屋

雑種犬が観た映画について書く場所。観たことのない映画で遊んだり、何度も観た映画についてしつこく語ったりするめんどくせえ、洗ってない犬の臭いがするブログ。

第5回 「来る」

さて、前回はスカッと爽快な、主人公が誰も殺さない、悪人すら全部救う映画でしたが、今回は血飛沫飛び交いひたすら殺伐アトモスフィア濃厚な映画。

「来る」。

何せオーボンなので、アノヨに近いものの話を一発かましておこう。

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一応ホラーなんだけどね、観ていても恐怖というより驚愕でしたわ。

 

冒頭、妻夫木聡演じる見栄っ張りでお調子者の男が、婚約者を連れて田舎の爺さんの法事に出るために帰省。未来の姑は、親戚の手前見栄はって、東京から自慢の嫁が来たように振る舞うものの、倅にはやれ地味な子だ、厨仕事に来られても邪魔だと愚痴り、それでもまあ結婚はして、という、田舎あるあるからもう香ばしい。

何せお調子者なので、披露宴では参列した友人がぼやき、どう見てもまっとうな暮らしぶりとは思えない新婦の母親は途中で帰り、と早速クソ展開。これは実に香ばしい。後の展開に期待が持てるな!

そんな香ばしさに全く気づかない鈍感な妻夫木は、妻に子供ができたと言われるとマンションを買い、仕事中には育児書を出してテキトーにサボり、子供が生まれるとキラッキラした育児ブログを開始。ブログでいい格好して閲覧数稼ぎたいがために、いいことばかり書き散らし、女房の育児疲れには無頓着、娘のおしめすら換えないという、絵に描いたような恐竜並みの鈍覚ぶり。

そんな若夫婦が、映画では序盤から匂わせているものの、当人にすればいきなり怪異に襲われるわけです。

まず田舎の母ちゃんが送って寄越した大量のお守りが切り裂かれ、後輩はそばに何もいないのに唐突に体を噛み裂かれ、その怪我がもとで死亡。思い余って親友を通して専門家に相談したら、マジモンのスーパーナチュラル案件で、目の前で見えない何者かに襲われた拝み屋のおばさんの警告で、それも滅多にないSSR級の危険な奴が相手と判明した━━。

で、ここで思うよね。ああ、このあと妻夫木が専門家の力を借りて女房子供守るために奮闘するのかな。

私もうっすら思ってたんですよ。

ところがここで、専門家の指示に従って怪異に向かい合う支度を整えている最中、妻夫木が食われて物語から退場! これには驚愕。わが本丸の鶴丸国永、後ろで煎餅食いながらだらだら観てたのが、この驚愕にいきなり姿勢を正したからね。

更に1年後。今度は残された新妻の黒木華嬢が、たった独りで育児に追われ、仕事に追われ、追い詰められてどんどん娘に当り始めたりする様子が描かれます。

このパートで、妻夫木視点では描かれていなかったものが次々出てきて、うわあ、とげっそりするんだ。亭主がクズなので早々に見切りをつけるに至った経緯が語られて、怪異が来る前からとっくにダメになっていた実情が明らかにされていきます。

ストレスが極まってついにキレた黒木嬢、娘を人に預けてデートに出かけちゃったりして、いつ何が起こってもおかしくないギリッギリのキワッキワが天元突破。

その間にもチクチクと怪異が襲いながらも、妻夫木に相談を受けた専門家の片割れ、シャーマン属性のキャバ嬢・真琴ちゃんが健気に子守をしていますが、ついに事態は洒落ならんところへ。専門家の残る片割れ・岡田准一演じる野崎の警告も虚しく、怪異から逃げようと娘を連れて歩いていた黒木嬢も退場! のけぞるうちの鶴丸国永!

慌てて一家のマンションへ駆けつけた野崎が見たのは、風呂場で血達磨になって虫の息の真琴ちゃん。担ぎ込まれた病院に翌朝やってきたのは、天性のシャーマン体質で、政府や司法機関の中枢にすら最敬礼で遇される、ガチガチのガチの能力者、真琴ちゃんの姉さんでした。

そして始まる、姉さんによる超弩級の大祓えの儀式。押せる横車は押し通し、使えるものは全部動員。知り合いの拝み屋・能力者・坊さんまでかき集めての総力戦。この、大祓えの支度をするところが最大の見どころなのではないかと思います。ここで一番滾った。

 

この映画、キャスティングがなかなかうまいです。

まず、お調子者の妻夫木が見事なクズだし、黒木華嬢もね、ああいるよねこういう子、というのがよく出てる。で、拝み屋のおばさんの柴田理恵が絶妙なんだ。

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何年前かにお笑い番組で出てたよね的な、こういうパチモン感濃厚なのを見せてからの、実際に会うとグラサンの下は、とか、隠れた真物というのが叩きつけられる。

岡田准一も見てこれ。

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ちょいと斜に構えてやさぐれてるんだけど、どっかで人間として捨てられないものを捨て切れない。このくたびれた感じは嫌いじゃない。

と思って観てるとこれだ。

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松たか子演じる、真琴ちゃんの姉さん・琴子さんのスカーフェイス姐ちゃん! ここまで電話越しに対策を指導して、声でしか登場しなかっただけに効果的。喋る言葉が感情を乗せないもんだから、余計にクールに見えてしまう。

この、真琴ちゃんの姉さんを除くメインの登場人物全員が、何かしらトラウマだの薄暗い過去だの人様にお見せできない黒いクソデカ感情だのを抱えていて、それと怪異と立ち向かう人間とがグッツグツに煮詰まった瞬間にやってくる真のクライマックス!

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いやあ、あの決着には度肝抜かれました。驚いた。

でもあれ、あのあとどうなったん? という含みを持たせるエンディング。

いやあれ、まじでどうなったんでしょうね。

琴子さん、あれを神として祀ったのか。怪異としてフルボッコの滅殺だったのか。気になるところです。

 

全体として、ホラーでありがちな気色悪さよりも驚愕がはるかに優っていたので、ひたすら驚きたい、刺激が欲しいときにはちょうどいいと思います。

撮影にあたって中島哲也監督は「心霊アヴェンジャーズ」と言っていたそうですが、個人的にはアヴェンジャーズというよりはエクスペンタブルズではないかと思いました。

一番気に入ったのは、新幹線で現場に向かう神主のじーさん連中。「これだけ声かけられてるんなら誰かしら着くだろ」と一見のんきに構えながら、新幹線の中で何の構えもなく自然に「じゃあちょっと分かれて動きましょうか」「それじゃあ私は新横浜で降りますわ」と息をするよに分担行動。「ヨルムンガント」ココの小隊を思わせるプロフェッショナルでした。気合を入れればお返事は「うぇーい」、リーダーのレームはテケトーに指示出してるように見えて、動けばそれがピタリとハマる。あれと同じ空気。

 

ああ、そうか。

映画本編の中では、怪異は「怪異」とすら呼ばれず、妻夫木は終始「あれってなんなんですか」と問い続け、黒木嬢は何が何やら分からぬままに終わり、スカーフェイス姐ちゃんは素っ気なく「あれ」としか呼ばなかった。なを呼んで縛るってのは、なるほど、そういう点では効果的なんだな。いい加減に名付けて見誤れば身を滅ぼすけど、ちゃんと向き合って確信をとらえた名付けをすれば、正体を知って正しく対処できる。

たぶん何事もなく祓えがうまく進めば、琴子さんが名をつけて縛って、封じるなり祓うなりしたんだろう。まだ実際に見てなくて名前のつけようがないし、いずれ名付けるから「あれ(仮)」で十分だろ、という素っ気なさだったのかも。怯え切ってまともに認識すらできないが故の、妻夫木の「あれ」とは真逆のところから出た呼び方だったのかも。

名前は疎かにできないね。

 

死ぬほどダルくて刺激が欲しい、そんなときには最高の映画だと思うので、驚きが欲しくなったら観てみよう。

スプラッタはあるけど、やたら痛そうなことや気色の悪い演出するコケ脅しはないので、そういうの苦手な方はあんしんです。私がちゃんと最後まで観られたので、血が苦手でなければいけると思います。

 

実写→アニメ→実写、というサイクルっぽくなっちゃってるけど、ほんと気にしないで。たまたまです。次に何が来るか、私にも現時点でまだ判らないので。

恐怖よりも驚愕という映画なので、退屈を忘れ果てるにはいいかも。